紙の月ホテル1222号室

またバスに乗り遅れた。去って行くバスの背中をやれやれと見送る。道向こうに渡り、マクドナルドに入る。コーヒーを買う。思いの外熱く、手袋をしないと持てない。手袋。一昨年のクリスマスに、ワタルに手袋をあげたっけ。あれはどうなっただろう。あのときはワタルが結婚したとも知らず、時が来ればまた、以前と同じようにワタルと暮らせると思っていた。

ワタルが結婚してると知ったのは偶然だった。年が明け、来る時はいつも帰宅モードで現れるワタルが、ソファ目掛けぞんざいに投げ置いたトートバック。飛び出した1枚の年賀状。ふと見てしまったその差出人はワタル、そしてシホという女性名。連名が意味するものは一瞬で答えになり、心がパズルゲームの連鎖のようにバラバラとカタチをなくしていく。
「ケッコン…したの?」
わたしはワタルに年賀状を差し出した。
「これは、、、ちがうんだよ」
狼狽している。
「イエスかノーで答えて。結婚したの?」
年賀状を突きつけるわたし。
取り上げようとするワタル。
「答えて」
イエスなんだ、でもわけがある、とワタル言い終わるか終わらないその時、わたしは年賀状を縦にやぶった。自分のした事に動揺して声が震える。
なぜ?いつ?だれ?どうして?なぜ?だれ?いつ?なぜ?…無限ループのようにハテナマークが頭の中を回る。
「隠していたの…?なぜ?」
「隠していたんじゃない。言いたくなかったんだ。僕は…ようこちゃんと続いていたかったし、コト君にも会いたいし、ようこちゃんにパンも…」
気づいた時にはバッグを持って外にいた。そこからどうやって進んだのか、我に返ったのは、アシスタントのマユミにすがり洪水のように泣いたあとだった。
その晩、マユミと新宿二丁目の友人のバーでシャンパンを3本飲み、全部吐き、翌日は頭痛と吐き気で立っていられず、天井を仰いで過ごした。

振り返るのも面倒だった過去。こうして対峙できるほどに時はわたしを癒している。ここ数回ワタルに会ったが、離婚したとは聞いていない。自分とワタルだけなら何がどうなってもいいが、ワタルの妻とコト(わたしの息子)には関わらせたくない。

手袋の上から手を暖めるだけの仕事に飽きたコーヒーカップ。ぬるくなったコーヒーをすすりながら歩く。特別好きでもないコーヒーを買ったのは、杞憂を片岡義男風の物語にでもして前に進むためだ。遠回りをして、打ち合わせに向かおう。ワタルに会う、会わないなんて、連絡があったらまたその時に考えればいい。

※このお話はフィクションです